Cinemaia:二つの名前を持つ少年
皆さんこんにちは。今回取り扱う作品はぺぺ・ダンカート監督『二つの名前をもつ少年』(2013年)です。
この作品の内容を簡単に説明すると、ナチス占領下のポーランドでユダヤ人の8歳の少年スルリックが追ってから逃げながら終戦までの3年間懸命に生き抜く姿が描かれています。
Ⅰ.ユダヤ人の歴史と現状
1.ユダヤ人の迫害の歴史
そもそもなぜユダヤ人は迫害されてきたのだろうか?
最初の迫害の歴史は紀元前13世紀の「出エジプト」である。ユダヤ人が予言者モーセに導かれ、シナイ山で神ヤハウェイとの契約をした。これがユダヤ教の始まりである。
その後、紀元前11世紀にはサウル王により建国し、後継者ダビデ王、ソロモン王の時代に最盛期を迎えた。しかし、国は二つに分裂し一つはアッシリア帝国に、もう一つは新バビロニア帝国に征服された。この後50年間、母国を離れても信仰し続けられたことから神殿などがなくても信仰が続けられる基盤にもなったといわれる。
その二つの国はアケメネス朝ペルシャに滅ぼされ、この国ではユダヤ人はエルサレムへの帰還することが許されるなど寛大に扱われた。
時は流れて約2000年前、イエス・キリストの登場によりユダヤ人への迫害が決定づけられる。ローマ帝国の時代。ユダヤ教の選民思想や戒律に反対したイエスは、ユダヤ人が密告したローマ帝国への反乱の意志があるとの偽情報によりローマ帝国に十字架にかけられて処刑される。これはキリスト教徒はユダヤ人恨んでも仕方ない気もする。
もう一つの理由がユダヤ人が就ける職業が限定されていたこともあり、商人や高利貸しを生業としいたことである。キリスト教では利子をとってはいけないことや金儲けは卑しいとされ就く人はあまりいなかった。一方で、貿易や金融の機能は必要でユダヤ人は必要とされていた。映画『ヴェニスの商人』をみればユダヤ人の迫害や高利貸しとしての状況が分かる。金を返せない人(キリスト教徒)は生活に困窮するようになり、金儲けが上手なユダヤ人は比較的裕福になる。これもユダヤ人への恨みを増幅させた。
このようなことから、ユダヤ人の迫害が発生してきた。
2.ユダヤ人の現状
現在、ニュースでもよく耳にするユダヤ人の問題はパレスチナでの紛争ではないだろうか。
1947年に国連総会で決議されたパレスチナをアラブ人とユダヤ人の居住区に分割する国連分割案(パレスチナ分割案)がある。もともとアラブ人が住んでいたパレスチナに、かつてのユダヤ人の王国があったことから新しい国を作ることを承認した。それにより現在のイスラエルが建国された。しかしその翌日にアラブの国々が侵攻し「第一次中東戦争」が起る。結果ユダヤ人が勝利。しかし、ガザ地区はエジプトが、ヨルダン川西岸はヨルダンが占領し、逃げてきたアラブ人が逃げ込んだ。この戦争で逃げ出したアラブ人難民をパレスチナ人(パレスチナ難民)というようになる。
第二次・三次中東戦争でユダヤ人はガザ地区もヨルダン川西岸も占領する。さらにシリア領のゴラン高原・エジプトのシナイ半島まで占領した。
この戦争・難民の問題を解決するためにノルウェーの仲介により1993年「オスロ合意」が成立する。これはイスラエルはユダヤ人の国だが、ガザ地区とヨルダン川西岸地区はパレスチナ人(アラブ人・イスラム教徒)の自治を認める合意である。
(NHK)
今年5月はガザ地区とイスラエルとの戦闘があった。聖地エルサレムの中の東エルサレムと呼ばれる地域はパレスチナ人(アラブ人、イスラム教)が住んでいたがユダヤ人の入植が多くなり、パレスチナ人の立ち退きなどが起った。何十年も住んでいた家に登記などがないため、出て行かざるえない。
さらに今回の戦闘はイスラム教のラマダン(断食)の時期にイスラエル(ユダヤ人)がアラブ人を大勢集めないようにするために周辺のバリケードを封鎖し、神殿の丘とも呼ばれる聖地アル=アクサーーモスクに入れなくしたことに発する。
それに対して、ガザ地区の過激派組織ハマス(アメリカはテロ組織に認定)が報復としてロケット団を打ち込み、さらに報復でイスラエルも反撃にでた。
このようにユダヤ人の問題は今もなお続いている。
Ⅱ.アイデンティティ
映画の話に戻ろう。
この映画のタイトルにもなっているように主人公には二つの名前がある。ユダヤ人としてのスルリックとポーランド人としての偽名ユレクである。私の周囲にも二つの名前をもつ人が何人かいた。映画を見る前はその土地の風習的なものかと想像していたが、追ってから逃げたりキリスト教徒に助けてもらうために必要なことであった。
この映画の監督ぺぺ・ダンカートのインタビューで
「重視したのは少年のアイデンティティの変化」という。具体的にいうとユダヤ人としての生き方を捨ててポーランド人としてキリスト教徒として生きていたことである。
「『旅』で起きたできごとが描かれている『『自分の本来の故郷はどこなのか』。自分のアイデンティティとして家や故郷を捉えることが作品のテーマになる」という。
ここでエリクソンのアイデンティティの概念を用いる。彼の心理社会的発達理論でユレクはどの段階にいるのか確認してみる。
上の表をみると、スルリックは始め8歳~最後11歳なので学齢期にあたる。ユダヤ人居住区ゲットーで暮らしていたときは友達にいじめられていた。その時は劣等感も感じていただろうが、一人で生きていかなくてはならない状況になり、農場での仕事を覚えるなどそこでの身の振り方を学んでいった。特に始めにユレクをかくまいキリスト教徒としての振る舞いを教えたヤンチック夫人とのキリスト教徒になりきる練習はスルリックにとって自分の有能感の獲得になったのではないかと思う。
さらに実質的に青年期にもすでにさしかかっている。青年期の発達課題は、アイデンティティの確立であり「自分がどのような人間で、どのような人間なのかイメージする時期」である。そのことが象徴的に表わされる場面がある。
ある時ユレクは鍛冶屋の家に居候していた。ある日黒づくめのフレンケルという男性が訪ねてくる。彼はユレクをユダヤ孤児の施設に入れるために来ていた。途中故郷の町へより、孤児の施設へ行く前に分かれ道にさしかかる。フレンケルはユレクに問う。「右へ行けばワルシャワの施設、左へ行けばヤンチャック夫人の家。どっちにいく?」と。そこでユレクは右、つまりユダヤ人としての道を選択する。その後、大学まですすみ姉や子どもたちと幸せに暮らすようになる。
ここでスルリックはこれまでユダヤ人としての自分を隠してきたこともあり、自分はユダヤ人のスルリックとして生きるというその時点の決意であったのだろう。これはユダヤ人のアイデンティティを獲得した瞬間である。
Ⅲ.作品で印象的な場面
1.ユダヤ人にはなりたくない。
先ほどアイデンティティの話ではスルリックはユダヤ人になる決断をした。しかし、その本の少し前、フルンケルが「君もユダヤ人だろ?」という質問にスルリックは「ユダヤ人にはなりたくない。ユダヤ人だから腕がなくなったんだ」という。自分の経験からユダヤ人としての生きにくさや悔しさから解放されたかったのだろう。しかし、結局はユダヤ人としての道を選ぶ。
今の日本で自分や友達が何人かは宗教や法律がらみを除けば、気にすることはない。しがし、自分の存在意義を見いだすのにも「自分は誰か」と問つづけることは必要だろう。
2.フルンケルの言葉
「ユレク(=スルリック)、君は今まで生き延びるため全部一人で決めてきた。自分で道を選びたいんだよな?正しいと思う。君のその生き方は。本当だ。我々は自分達が正しいと思う道を示したいだけなんだ。君と我々のため。苦しんでいる仲間達のために。その道を進むかどうかは君次第だ。君が考えて決めればいい。」
スルリックがこの言葉でユダヤ人になる決意ができた。先日ゼミで東さんの「動物化」の資料を読んだ。人間であるには、与えられた環境を否定する行動がなければならない。そうみるとスルリックはユダヤ人としての否定、キリスト教徒としての否定を繰り返し、行動できたのだと感じた。
Ⅲ.まとめ
ユダヤ人とナチス占領下の映画はひとつのジャンルになっている。人種・戦争・歴史などいくつもの議論が重なり合っている。
今回の視点は「ユダヤ人の歴史と今の繋がりを再確認すること」と「アイデンティティ」の二つにしてみた。また、コメントを頂いて改善したい。
綾野克仁
参考文献
・NHK おうちで学ぼう!for schoole直行便で聖地が身近に イスラエル・パレスチナへの旅|中東解体新書|NHK NEWS WEB
(2021/7/16閲覧)
・BeneDict 地球歴史館 「ユダヤ人が迫害される理由~ユダヤ人の歴史~」ユダヤ人が迫害される理由Ⅰ~ユダヤ人の歴史〜 (benedict.co.jp)(2021/7/16閲覧)
・池上彰,増田ユリヤ 「ガザ地区でまた空爆 戦闘続く イスラエルとガザ地区はなぜ争う?原始を知る池上彰と増田ユリヤが解説」 ガザでまた空爆 戦闘続くイスラエルとガザはなぜ争う?現地を知る池上彰と増田ユリヤが解説!【今日のホームルーム】 - YouTube(2021/7/16閲覧)